引用先 https://raillab.jp/photo/21351
国鉄からJRになった際ですが引き継がれることなく消えていった車両がありますが、それがキハ25ですがどんな車両なのでしょうか?
●キハ25はキハ20を片運転台にした車両だった。
引用先 https://raillab.jp/photo/52997
キハ20と同様にローカル線で活躍したキハ25はどんな車両かというと、キハ20を片運転台にした車両で、キハ20と同様にバス窓と呼ばれた前期型キハ25 1から75までのグループ。
引用先 http://c5557.photoland-aris.com/minooota1979-2.htm
後期型と呼ばれているキハ25 200番台と300番台がありますが、
引用先 http://ys-11.kokuden.com/2017_scan/2017scan-08.htm
後期型のキハ25はキハ20の後期型と同様に、客室窓は上・下段とも上昇式の2段窓になっています。
そして台車もキハ20と同様に、
・前期型はウィングバネ式DT19C(駆動台車)・TR49A(付随台車)
・後期型はコイルバネ+オイルダンパを枕バネとするDT22A・TR51Aでありました。
キハ25とキハ20との関係ですがキハ40でいけば、キハ40とキハ48と同じ関係になりますが、キハ25とキハ48はもっぱら増結用として作られた車両ではないでしょうか。
実際にキハ48の各グループも作られた車両も少なかったということもありましたから。
●キハ25にも簡易荷物車になった車両もあった。
引用先 https://ameblo.jp/constimasahikos/entry-12519187341.html
キハ20系には、車内をアコーディオンカーテンで、仕切ることで荷物車にもできる簡易荷物車も存在しましたが、なぜ?そのような車両が存在したかというと、キハユニほど輸送力も必要としない路線であれば、むしろ普通列車にも使える車両を改造したほうが安上がりということで、
車内をアコーディオンカーテンで仕切る簡易荷物車が、作られましたが、逆に言えば今の時代にこそ、この手のディーゼルカーは必要なのではないでしょうか。
昨今のトラックドライバー不足の問題もありますし、人口の少ない地域であればなおさらこの問題は深刻であるというのですから、それであれば今使っているディーゼルカーを使って荷物を運ぶという方法もあるのではないでしょうか。
それであればなおさら室内をアコーディオンカーテンで仕切り、乗客と荷物をいっしょに運ぶ車両があってもいいのではないでしょうか。
そういう意味でも国鉄時代に存在していた簡易荷物車は、先を見ていましたが、キハ25でも同様の車両があり、前期型のバス窓から改造された車両はキハ25形600番台、後期型の車両はキハ25形650番台になります。
実際にキハ25形600番台が急行きのくにに連結された画像がこちらになりますが、
引用先 https://twitter.com/yoshinari022838/status/1203686949849952257
急行きのくにのような列車にも簡易荷物車が、連結されていましたから、それだけの荷物の輸送量がありましたから、この手の車両は今の時代にこそ必要な車両だったということを証明していますが、キハ25形600番台や650番台が、急行列車での運用にも充てられていたという話も今考えたら夢のようなことだったのではないでしょうか。
●キハ25はなぜJRに引き継がれなかったのか?
引用先 http://ziyuukan.jugem.jp/?eid=1125
キハ25ですが、晩年はキハ20と同様に首都圏色と呼ばれるたらこ色で、北海道を除く日本各地のローカル線でも見かけることができましたが、国鉄からJRに引き継がれることなく消えた車両の一つになりますが、その理由はというとキハ25が片運転台の車両だったからではないでしょうか。
国鉄からJRに引き継がれた際ですが、キハ20はJRになってからも使われていましたが、その理由も両運転台の車両だったからこそローカル線でも、まだまだ使うことができたということですが、反対にキハ25については片運転台ということもありましたから
それが災いしたのでしょうか。
国鉄時代にすべての車両が廃車となったのですから、片運転台の車両については使いにくかったということを表していたということになりますが、この辺についてはJRになってからもキハ48がいつの間にか消えていったことと同じではないでしょうか。