本棚の住人の鉄道忘備録

個人的に気になった鉄道に関するテーマで書いているブログです。

ノスタルジックな時代:ef64 0番台の短い寝台特急期間 あけぼのや北陸も担当した。



 

引用先 http://amano0909.livedoor.blog/archives/587216.html

 

 

ef64 0番台は2009年の3月のダイヤ改正寝台特急あけぼのや北陸を担当したことがありましたが、なぜそうなったのでしょうか。

 

 

 

 

 

ef64 0番台も1000番台が登場するまでの間寝台特急北陸を担当した。

 

 

 

 


引用先 http://trainribero.minibird.jp/ef64%201982.html

 

ef64 0番台上越線経由で運転されていた寝台特急との関わりは、ef64 1000番台上越線に投入されるまでのわずかな期間ですがありましたが、まだその当時ですが上越線経由の夜行列車は、高崎第二や長岡運転所に所属していたef58が担当していました。

 

 

そうした関係で寝台特急北陸高崎第二や長岡運転所ef58が担当し、上越国境越の際にはef16が補機について重連運転上越国境を通過していましたが、


それがef64 1000番台に置き換わるということで、そのために5両のef64 0番台長岡運転所に配属されて、乗務員の方の訓練などに入る一方で、寝台特急北陸なども担当しましたが、その当時、上野駅ef64 0番台が来るなんてことはほとんどなかっただけに、ef64 0番台が担当した寝台特急北陸や急行能登などの担当した際に撮影された写真は今では貴重な記録となりましたが、

 

それくらいにef64 0番台上越線経由で運転されていた寝台特急との関係は強かったということです。

 

 

 


ef64 0番台が寝台特急あけぼのを担当した理由とは?

 

 

引用先 https://twingo.blog.ss-blog.jp/2009-06-13


ef64 0番台が再び寝台特急を担当することになったのは2009年の3月14日ダイヤ改正からですが、


なぜ?そのようなことになったのかというと、


これまで寝台特急あけぼのを担当していた青森に配属されていたef81から長岡に配属されていたef64 1000番台とef64 0番台が担当することになりましたが、

 


2009年の時点で長岡に配属されていたef64 0番台茶釜の37号機と青の38号機だけでありましたから、この二つの車両がいつ寝台特急あけぼのの運用に入るかということで、多くの鉄道ファンの方も気になったというのですから、それだけ衝撃的な出来事でありましたが、

 

実際に撮影しに行ってたら、ef64 0番台茶釜の37号機と青の38号機が来たかと思いきやef64 1000番台が来たということでがっかりしたという方も多くいましたが、

 

ef64 0番台寝台特急を担当するのはef64 1000番台が長岡に配属される前の間ですが、5両が寝台特急北陸を担当したということもありましたが、その当時はヘッドマークもついていません。


そしてef64 0番台茶釜の37号機と青の38号機が担当した寝台特急あけぼのは1年だけで終わってしまいましたが、その後、ef64 0番台茶釜の37号機と青の38号機は高崎に戻りました。

 

 


ef64 0番台が再び寝台特急北陸の運用にも入った。

 

 


引用先 https://twitter.com/unkoken_2828/status/1135922204812513280


長岡に移動したef64 0番台ですが、青の38号機2009年の9月に2度寝台特急北陸の運用にも入りましたが、それがいつだったかというと、

 

1度目が2009年9月10日から翌日11日。

2度目が2009年9月14日から翌日15日になりますが、

 

ef64 0番台寝台特急北陸を担当するのはef64 1000番台がその当時の長岡運転所に配属され、運用につくまでのわずかに期間であり、その当時はヘッドマークもつかないというような時代でありましたが、

 

 

それが2009年の9月に2度寝台特急北陸の運用に入ったときにはヘッドマークがついていたのですから、この時、寝台特急北陸を撮影した方も驚いたのではないでしょうか。

 

 

そうなるとこの時、寝台特急あけぼのを担当したのが0番台の茶釜37号機が担当したのか?1000番台が担当したのかというところも気になります。