本棚の住人の鉄道忘備録

個人的に気になった鉄道に関するテーマで書いているブログです。

c57 180号機がなぜ?門デフを装備したのか?

 


引用先 http://www.asahi-net.or.jp/~aj4s-ski/miserarete-22/newpage1.htm


磐越西線で活躍しているc57 180号機も門デフで走ったことがありましたがその裏には何があったのでしょうか。

 

 

 

c57 180号機で門デフが復活した。

 

 

引用先 http://www.kanorail.com/C57180/c57180page.htm

 


c57180号機ですが1999年に磐越西線で復活して以来20年近くが経過していますが、門デフによる運転もありましたが、それがいつかというと、

 

2007年の秋をはじめとしてこれまでに4回に渡って運転されましたがそのうち、2007年の時は本当にサプライズ企画で、その時、磐越西線でc57 180号機がけん引するばんえつ物語号を撮影しに来た方も驚きましたが、

この時のばんえつ物語号を撮影に来た年配の70代から60代の方すれば、晩年の九州で蒸気機関車を撮影に来ていたという方ですから、あの当時の思い出がよがえり、その当時を知らない方には驚きを与えましたが、

 

まさかc57180号機で門デフが復活するとは誰しもが思っていなかっただけに、そんなことが実現してしまったということでした。



c57 180号機が門デフを装備したその理由は?

 

 

引用先 http://geo.d51498.com/kokamo18/20071014.html

 

c57 180号機が門デフになった理由は国鉄時代Vol.14にJR東日本新津運転区の区長であった小野英晴さんの話が出てきていますが、

 

実際にc57180号機の門デフ復活の舞台裏を知る方ですから、その時のいきさつは平成門デフ物語の記事の中にも出てきていますが、ことの始まりはというと、

 

c57 180号機の魅力を引き立てたいという思いがすべての始まりでしたが、そうであればお召し装備はどうだろうかと小野英晴さんも思いつきましたが、さすがにお召し装備ではインパクトが期待できないということで、いきついたのが門デフになりますが、

 

c57 180号機は3次型になりますが3次型のc57で門デフの車両はあるのかというと、日豊本線で使われていた175号機が唯一3次型で門デフを装備した車両でしたから、

 

 

小野英晴さんも当然のことですから、c57180号機の魅力を引き出すにはこれが一番ではないかと、思っていましたが、ただ、c57180号機についてはJR東日本に所属している車両でありますから、

 

門デフになるまでには時間がかかりましたが、なぜ?実現できたかというと、営業施策の話の中で営業部長から何か?ないかという話が出て、

 

その際に小野英晴さんがc57180号機のデフレクターを門デフにしてみてはどうですか?と提案しましたら、営業部長からも急き立てられるような感じでこの話が実現の方向に動き出しましたが、

 

c57180号機の門デフの復活の裏にはそうした様々な人の思惑が絡んでいましたが、

 

c57180号機を門デフにするとどうなの?という意見も出てきましたが、この場合、集客が期待できると営業部長と小野英晴さんが説得にあたりそれが功を奏したということでしたが、

 

その際にも、新潟にいた車両なら長工デフではという意見も出ましたが、長工デフを装備したc57は4号機と130号機がありましたから、当然長工デフの話が出てくるのも当然のことでしたし、

実際に4号機が新津に所属していましたから、現役時代には磐越西線にも入っていたということですから、このような意見も出てくるのも当然のことでしたが、それでもc57には門デフが一番ふさわしいということでc57180号機が門デフを装備することになりましたが、

 

 

そんな中で新たな問題が発生しました。それはc57 180号機を門デフに変更するに当たって図面をどうするかということでありました。

 

それで切り取り除煙板考があったはずだと思って、c57180号機の門デフ実現の当事者でもある小野英晴さんが自分の書棚をひっくり返して探したところ肝心な切り取り除煙板考が出てきたということで、門デフの概略寸法は判明したということで、後は図面を起こしたということになります。


そして次はJR東日本の社内にc57 180号機の門デフにする際に説明用の写真を作成したら、御大とも呼ばれている社内の権威者の方からも高さをもう少し上げてとか、吊り上げ用穴をあけてなどの指摘もされたということですが、

 

 

実際に実物を知っている方の記憶力などには小野英晴さんも感服してしまいましたが、それだけこの件についてはJR東日本に所属している上役の人でも、あの当時を知っている方もいたということです。

 

 


門デフのc57180号機はこんな有名人の方も撮影してた。

 



引用先 http://air-rail.jugem.jp/?eid=73


c57180号機が門デフとして2007年から運転されるようになったということで、2008年の運転の際には、元プロ野球選手で今は横浜ベイスターズですがその前身の大洋ホエールに所属し、巨人に移った屋鋪要さんも2008年の春の門デフのc57180号機を撮影にきていましたが、

 

屋鋪要さんも2007年の秋に運転された門デフのc57180号機を撮影していましたし、小学生時代に父親とともに九州各地で活躍していた蒸気機関車を撮影していたということで、その時の思い出がよみがえったということでしたし、

民主党の副党首の前原誠司さんも2008年の春の門デフのc57 180号機を撮影に来ていましたが、前原誠司さんも現役時代の蒸気機関車を撮影しに九州を訪れて、実際に門デフのc57117号機が宮崎駅を出発するところを撮影したというのですが、

 

たまたま国鉄時代の創刊から関わってきた山下修司さんから届いたメールで門デフのc57180号機が磐越西線を走るとしてって、2007年の秋の運転の際には撮影に行ったというのですから、

 

その当時を知っている方には本当に懐かしさがこみあげて来るものでありましたが、

 

じゃあ?前原誠司さんにメールを送った山下修司さんはどうだったのかというと、国鉄時代Vol.14の国鉄時代徒然草の中でこの時の話が出てきましたが、山下修司さんもネットでc57 180号機が門デフになることを知り、さらに門デフ期間中はヘッドマークもつかないということで、

 

実際に門デフのc57 180号機がテスト走行をしているところを見に行き、あの当時の思い出がよみがえったということで、友人で稀代の雨男のYさんを誘って1か月のうちに6日も撮影に出かけたという入れ込み具合で、さらに門デフのc57 180号機が走る美しい光景に魅せられ、急遽、現地で一泊どまりもすることになり、

 

あらぬ疑惑をもたれないようにYさんの奥さんには電話でいまここにいますからとも伝えていたというのですから、それくらい門デフのc57 180号機に入れ込んでしまったということで、かねてから購入しようとしていたものに充てるはずだった費用が一切合切なくなってしまったと国鉄時代Vol.14の国鉄時代徒然草の中に出ていましたが、

 

それだけc57 180号機の門デフがあの当時を知っている方にはとてつもない思い出になりますから、また門デフでのc57180号機が走るとなると、あの当時を知る方達が押し寄せるのではないでしょうか。

 

何しろ磐越西線にはいろいろといい撮影ポイントがあるだけに、そこを門デフのc57180号機が走るというのですから、あの当時を知っている方にはたまらない光景が見られるということになります。

 

門デフのc57 180号機の快進撃は止まらない。

 

 

引用先 http://ef58124.blog.fc2.com/blog-entry-134.html

 

門デフを装備したc57180号機ですが、2008年の11月には、かもめの羽と波のレリーフが施された門デフを装備しましたが、これ、1次型の11号機が門司港機関区時代に特急かもめ専用機にということで、

 

 

かもめの羽と波のレリーフが施された門デフを装備したということはよく知られていますが、それを復元してしまったというのですから


実際の画像がこんな感じになりますが、

 

 


引用先 http://slphotoniigata.web.fc2.com/C57180-montetsudef.html


これも知っている人は知っているということですが、知らない方には衝撃的でありました。そして門デフを装備したc57180号機は2009年のDC千葉キャンペーンの際にも千葉県を走行しましたが、その時の画像がこちらになります。

 



引用先 https://blog.goo.ne.jp/jin-d/e/191a0eee9ed77ab539974e92c39448df

 

この時は原型の高崎支社にある12系を牽引しましたが、これも不思議と絵になります。


そして2014年の3月22日から3月23日にかけて新潟駅 から村上駅そして新津駅間で運転されたSL村上ひな街道号はすごいことになりました。

 

この時は相方を務めているばんえつ物語号の客車が改造工事を受けている関係で、高崎支社の旧型客車が使われましたが、

 

その時の画像がこれになりますが、

 

 

 

引用先 http://naoki000.seesaa.net/article/463134368.html

 

これは本当にすごいことになりました。

 

何しろ高崎支社の旧型客車と門デフのc57 180号機との組み合わせですから、平成という時代に昭和の蒸気機関車によるかつて、九州の日豊本線で見ることができた普通列車と似たものが再現されてしまったというのですから、

 

これには本当に驚かされたという方も多かったということでありましたが、門デフのc57180号機については本当にサプライズ企画でありましたが、

 

 

実際に3次型でも175号機が門デフでありましたから決して偶然ではなく、必然的にそうなったということでありました。