引用先 http://rabuca2006.web.fc2.com/123.htm
9月に鉄コレでクモハ123 600番台が加わりますが、クモハ123とはどんな電車で600番台もどんな電車だったのでしょうか。
●クモハ123が登場した理由とは?
引用先 https://blog.goo.ne.jp/watasinotakara65/e/e523b7746abd22f18fd1dbacfe65b616
クモハ123ですが、いつ登場したのかというと、1986年の11月1日のダイヤ改正で、国鉄からJRに移行する前に行われた最後のダイヤ改正といえば、わかりやすいのではないでしょうか。
クモハ123が登場したその理由は、利用者の少ない電化されたローカル線向けの1両で運転できる単行運転ができる電車としてクモニ143などから改造された電車で、最初に登場したクモハ123 1は中央線の塩嶺トンネル完成で支線化した辰野と塩尻間の中央本線辰野支線の輸送力の適正化という目的で配属されました。
それをきっかけに身延線、可部線、阪和線羽衣支線などに導入されましたが、中央線の塩嶺トンネル完成がまだ飯田線で旧型国電が使われていた時代だったらどんな車両が使われていたのでしょうか。
この辺は興味深い話になりますが、RMモデルズに連載された関良太郎さんの話の中ではクモハ12の50番台がスカ色で使われていたとの設定で塗装変更された車両のモデルが出てきていますが、ちょっとした時間軸のずれでそうしたこともあり得たということになります。
●クモハ123にはどんな車両があったのか?
引用先 https://ameblo.jp/inkyoise/entry-12011536016.html
クモハ123でこれまでにどんな車両があったかというと、
・JR東日本 クモハ123 1
引用先 http://kurikomasha.blog.fc2.com/blog-entry-178.html
クモハ123 1は荷物電車のクモニ143から改造された車両ですが、ベースになった車両が偶然にもクモ二143 1ですが、この辺にもこの車両が何か因縁めいたものがあるのではとも思えてなりませんが、落成した当初は白地に緑帯の塗装の車両でしたが、1993年に冷房化された際には集約分散式冷房装置が付き車体もローズピンクと白色のツートーンカラーに変わりました。
・JR東海 クモハ123 40番代
引用先 https://ameblo.jp/kanachikana/entry-10584166316.html
身延線で使われていたクモハ123 40番代は飯田線で使われていたクモユニ147を1987年の1月に改造した車両で、国鉄が分割民営化を迎える直前に誕生しましたが、
クモユニ147も元は通期型の101系のモハ101形・モハ100形・クモハ100形を改造した車両ですが、再び旅客用の車両に再改造されたということです。
クモハ123 40番代は使われていた区間は身延線の富士から西富士宮間、鰍沢口から甲府間の区間輸送で活躍していましたが、クモハ123 1とは側面の窓であったり戸袋がなかったりと異なる部分もありますが、
その理由もクモユニ147がベースになった関係ですし、クモハ123 45は登場した当初から1から5までの番号が並んでいるということでも有名でした。
そしてになってから1989年に集約分散式冷房装置工事を受け、形式も5040番台と変わり、さらに車体の色もアイボリーホワイトにオレンジとグリーンの帯のJR東海色へと変わりましたが、
引用先 http://mawasya-tetudo.main.jp/keishiki-ec-1-kumoha123kei.html
1990年になってから5045がワンマン改造された際に貫通扉がつき、5145に変わりました。
引用先 http://mawasya-tetudo.main.jp/keishiki-ec-1-kumoha123kei.html
・JR東海 クモハ123 600番代
引用先 https://www.tavasa.jp/kit/KN4514.html
クモハ123 600番代は牽引車のクモヤ145-601・602から1988年の3月に改造された車両ですが、クモハ123 40番代とは異なり、3扉の車両でなおかつ前面はクモヤ145時代のままになっている点が、これまでもクモハ123の中でも異なっている部分ですが、
クモヤ145も元は通勤型のクモハ100形・クモハ101形・モハ100形・モハ101形から改造された牽引車ですが、それが再び旅客用に再改造され、1988年の12月になってから集約分散式冷房装置がつきました。
引用先 https://www.torepa21.com/html/a-g97e123mnobae2.html
・JR西日本 クモハ123 2~4
引用先 http://ef59.web.fc2.com/kabeline.html
クモハ123で今も残っているのがJR西日本のクモハ123 2~4ですが、JR西日本のクモハ123も元はクモニ143から改造された車両で、改造された当初は可部線に配属され、その後前面が貫通になるなどの改造を受けたのちに、
引用先 https://raillab.jp/car/76937
1993年に下関運転所に転属し、宇部・小野田線で使われるようになりましたが、これをきっかけにJR西日本で残っていたクモハ42が引退することとなりましたが、その後、車体の色が黄色になるなどの変化も出ていますが、今も数少ない123系の電車として使われています。
引用先 https://raillab.jp/car/76939
・JR西日本 クモハ123 5~6
引用先 http://gaycasio.livedoor.blog/archives/674511.html
クモハ123 5~6も元はクモニ143ですが、ただ、クモハ123 5~6は他のクモハ123とは 大きく異なり、改造された当初からクモニ143の面影を側面に強く残し、阪和線の鳳支線で使われていましたが、それが宇野線で運転されていたクモハ84が引退した関係でその跡を引き継ぐということで使われていましたが、
引用先 https://www.jumper-coupler.com/photobook/photobook017.html
クモハ84も元は荷物電車のクモニ83でさらにその前はクモハ73やモハ72でありますから、旅客用の電車から荷物電車に改造され、再び旅客用電車となった車両で、JRになってから最後に登場した吊り掛け式の電車でありましたが、
引用先 http://gaycasio.livedoor.blog/archives/675586.html
考えてみたら宇野線で使われたクモハ84といい、クモハ123といい元は荷物電車というのも何かの因縁で結びついていたのではないでしょうか。
そして2002年に宇部・小野田線で使われるようになり、その年に扉位置を移設する工事を受けるなどの改造も受けたということで、車体の外観も大きく変わり、今は黄色の塗装に変わりました。
引用先 https://raillab.jp/photo/279928
●クモハ123系でこれまでに鉄コレで製品化されたものは?
引用先 https://raillab.jp/photo/54446
クモハ123系ですが、鉄コレでこれまで製品化されているものはというと、
鉄コレ20弾で
クモハ123 1
クモハ123 2~4
クモハ123 5~6
クモハ123 40番代
が製品化され、
鉄コレ24弾でクモハ123 1の冷房化後が製品化されましたが、冷房化後のクモハ123 1はキヨスク版鉄コレの2弾でもラインナップされました。
そして駅ナカ鉄コレになってからクモハ123 5145が製品化されました。
2両セットはというと、
クモハ123 2~4 前面貫通の可部線時代
クモハ123 5~6 宇野線仕様
クモハ123 5040番台
となりますから、今回、クモハ123 600番台が登場することで、JRになってから間もないころに活躍していたクモハ123がすべて揃ったということになります。
●クモハ123系で製品化されていない車両は?
引用先 https://1980jnr.net/contents-mc123-221102.html
クモハ123で今後どんな車両が製品化されるのでしょうか?
この辺も気になるところですが、考えられるのは600番台の冷房化仕様は十分にあり得ます。何しろクモハ123 5040番台が製品化されていますから。
600番台ですが、身延線色の旧塗装もありましたから、これも製品化されてもおかしくないのではないでしょうか。
引用先 https://www.tavasa.jp/kit/KN4514.html
あと、小野田・宇部線で今も使われているクモハ123 2~4、5~6もいろいろと改造されているだけにその辺をどのように再現するかということが一番の問題ですが、5~6は黄色になる前の白地に青帯を配した塗装の時代もありましたから、
引用先 http://b767-281.cocolog-nifty.com/blog/2023/09/post-173eaf.html
これも今後製品化されてもおかしくないのではないでしょうか。