引用先 http://www.bbbn.jp/~taka/ef66/kaisetsu/page01.html
ef66は、1985年の3月のダイヤ改正で東京から九州方面に向かう寝台特急を担当しましたがどんな理由があってそうなったのでしょうか。
●ef66が寝台特急を担当するのはずっと待たれていた。
●ef66が寝台特急を担当した理由はロビーカーの登場だった。
●ef66が担当した寝台特急で東京発の列車には何があったのか?
●ef66が担当した寝台特急にも変化が出てきた。
●ef66が担当した寝台特急もJRになってからいろいろと変化が出た。
引用先 https://shonan253.blog.jp/archives/21379867.html
ef66ですが登場して以来、東京発の寝台特急を引いてもおかしくないのではと思われてきましたが、その理由もef66が日本離れした車体でありましたから。
そうしたこともあって、鉄道好きの方達の間でもいつかはef66が東京発の寝台特急を担当する日が来るのではと待たれていました。
●ef66が寝台特急を担当した理由はロビーカーの登場だった。
引用先 https://shonan253.blog.jp/archives/21712317.html
ef66がついに東京発の寝台特急を担当することが実現しました。
それが実現したのが1985年の3月のダイヤ改正でしたが、なぜ?ef66が東京発の寝台特急を担当することになったかというと、寝台特急はやぶさと富士にロビーカーが連結されたことで15両編成となり、さらにこれまで東京発の寝台特急を担当してきたef65 1000番台では、15両編成となった寝台特急はやぶさや富士を引いて最高速度110㎞での運転が不可能になったということもあり、
そこでef66が東京発九州行きの寝台特急を担当することとなりましたが、寝台特急はやぶさと富士に連結されたロビーカーですが、乗客の方が寝るまでのひと時を過ごすためにオシ14やオハネ14から改造された車両になりますが、そうした車両もこの当時は必要になったということでありましたが、その結果がef66を東京発の寝台特急を担当するきっかけでもありました。
●ef66が担当した寝台特急で東京発の列車には何があったのか?
引用先 https://ameblo.jp/kitatetu-dd/entry-12508359973.html
・あさかぜ1、4号
・あさかぜ2、3号
・さくら
・みずほ
・はやぶさ
・富士
がありましたが、
この中で寝台特急さくらと富士はef65 1000番台の頃とはヘッドマークも異なり、寝台特急さくらは緑色にさくらのイラストが入ったものになりましたし、
引用先 http://b767-281.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/19751-1-1-2-49e.html
寝台特急富士は、戦前に運転されていた特急富士の1等展望車に使われていたテールマークを復刻したものが使われましたが、
引用先 https://www.torepa21.com/html/a-f2ref66fuji4e1.html
寝台特急富士にのヘッドマークですが、葛飾北斎の赤富士をモデルにしたものも作られましたが、赤富士をモデルにしたヘッドマークは採用されませんでしたが、
引用先 https://photozou.jp/photo/show/1186037/98929266?lang=ja
それでもたびたび寝台特急富士に使われたこともありました。
引用先 https://raillab.jp/photo/14779
ef66が担当していた東京発九州行き寝台特急ですが、JRに移行する直前に寝台特急あさかぜ1,4号にシャワー室がついた車両も登場し、車体の帯も金色になったり、B寝台車では4人部屋の車両も登場するなど国鉄が分割民営化後の準備も進んでいましたが、
この当時ですが、夏休みになれば東京や新大阪から来る寝台特急を撮影するためにその当時鉄道少年だった方達が多数押し寄せてきたという話もありました。
●ef66が担当した寝台特急もJRになってからいろいろと変化が出た。
引用先 https://shonan253.blog.jp/archives/21622503.html
ef66が担当した九州行きの寝台特急ですが、JRになってからは寝台特急あさか2.3号にもロビーカーが連結されるようになりましたが、この裏には大阪と札幌を結ぶ寝台特急トワイライトエクスプレスの準備も進んでいたということで、
トワイライトエクスプレスの運転に必要な車両を捻出する関係で、オハネフ25には荷物室のついた300番台が登場し、ロビーカーはオハ12から改造されたパンタなしのオハ25とパンタグラフがついたスハ25が用意されました。
そうしたこともあってef66にもパンタグラフを操作するためのジャンパー栓もつきましたし、パンタグラフも下枠交差のps22に交換されたり、足回りがグレーに塗装されるなどの変化も出てきましたが、
そんな最中に東京発の九州行きの寝台特急は寝台特急みずほが廃止になったことをきっかけに寝台特急あさかぜ2、3号も廃止になるなど、東京発九州行きの寝台特急も数を減らしていくようなこととななりましたし、
東京と博多を結ぶ寝台特急あさかぜ1,4号が廃止になってからは、寝台特急さくらとはやぶさが一つの列車となりましたが、この場合、はやぶさ編成は24系25形で、さくら編成は14系14形の区合わせでしたが、なぜ?そのような組み合わせになったかと寝台特急富士との共通運用ということで、
寝台特急はやぶさとさくらが東京についたのちに、折り返しの寝台特急富士の運用に入るということで、24系25形と14系14形の組み合わさった編成ができましたが、
その後、寝台特急さくらも廃止となったことで最終的にははやぶさと富士が一つの編成となりましたが、最後は14系15型の編成で、個室のオロネ25もオロネ15に形式が変わり、2009年の3月のダイヤ改正で東京発の九州行きの寝台特急はすべて廃止となりました。