本棚の住人の鉄道忘備録

個人的に気になった鉄道に関するテーマで書いているブログです。

国鉄時代の普通列車に迫る:ed76 0番台と1000番台が担当した普通列車たち。

 

 

 

引用先 https://blog.goo.ne.jp/antonrokuichi/e/811782c7cd2fd3435d7576bc111f17dd

 

 

ed76 0番台や1000番台が国鉄時代の頃に担当していた普通列車にはどんなものがあったのでしょうか?

 

 

 

 


ed76 0番台の後期形や1000番台は旧型客車の普通列車も担当していた。

 

 

 

引用先 http://shonan1953.sakura.ne.jp/newpage12126.html


ed76 0 番台や1000番台国鉄時代には普通列車も担当していましたが、ed76が活躍した当時は旧型客車で編成されたものも運転されていましたが、実際の編成が鉄道ジャーナルの別冊 懐かしの国鉄客車列車の九州編に出てきていますが、鉄道ジャーナルの取材チームが乗車した列車旧型客車を使った編成は2本あり、1本目が鳥栖西鹿児島行きの鹿児島本線を走る125レで、

 

鉄道ジャーナルの取材チームが乗車したときの編成はというと、西鹿児島方向から順にed76 1007号機、スハフ42、スハフ42、オハ47、スハフ42という編成ですが、この編成ですが今から40年前になりますがまだこの当時は九州でも旧型客車を使った普通列車も当たり前のように運転されており、鳥栖西鹿児島行きの125レのような長距離を走る普通列車も当たり前のように運転されていました。

 

 

そして鉄道ジャーナルの取材チームが乗車したもう一つの旧型客車で編成された普通列車日豊本線の522レで、取材チームが乗車した時の編成はというと、門司港方向からスハフ42、オハ46×2、スハフ42という編成でありましたが、

 

この列車の折り返しとなる521レですが、門司港を4時43分に出発し大分につくのが8時36分になりますが、折り返しの521レ旧型客車4両に回送のオハ50系が4両つく編成ですが、オハ50系で編成された車両は回送でありますが、この当時運転されていた普通列車では珍しいパターンでありました。

 

 

 

ed76 0番台の後期形や1000番台は50系の普通列車も担当していた。

 

 

 

引用先 http://shonan1953.sakura.ne.jp/newpage12126.html


九州地区で運転されていた普通列車には客車で運転されていた列車もありますが、その中でも長編成の普通列車も運転されていましたが、どんな列車だったかというと、

 

 

門司港から日豊本線の柳ヶ浦と日田彦山線田川後藤寺行きの列車で、オハ50系で編成され13両編成になるものですが、今から40年前に長編成の普通列車が運転されていたというのもにわかに信じがたいものですが、実際に鉄道ジャーナルの取材チームが乗車していましたから、実際の記録として残っていますが、

 

 

鉄道ジャーナルの取材チームが乗車した時の編成はというと、ed76 42号機を先頭に、オハフ50、オハ50×2、オハフ50、オハ50×2、オハフ50で、この編成が柳ヶ浦行きになります。そして後ろは6両編成でオハフ50、オハ50、オハフ50、オハ50×2、オハフ50で、田川後藤寺行きですがの列車は夕方の通勤、通学客が利用する列車だったということでこのような長編成のものだったということですが、

 

 

このような長編成の列車が組めるのが客車のいいところでありましたが、今では電車が当たり前のように使われている時代ですが、今から40年の前の九州ではこのような普通列車も運転されていました。

 

 


ed76 0番台の後期形や1000番台は夜行の普通列車のながさきも担当していた。

 

 

引用先 https://mamezoo.com/pc/PC-CLUB/LOG/SP/748-NAGASAKI.html

 

ed76 0 後期形や1000番台が担当した普通列車には、寝台車を連結したながさきという名前の普通列車もありましたが、夜行の普通列車ながさきが運転されていた当時ですが、夜行の普通列車で名前の付いたものがあり、小樽と釧路を滝川経由で結んでいたからまつ山陰本線京都から出雲市の間で運転されていた山陰天王寺から名古屋までを紀勢本線経由で運転していたはたやまがありましたが、

 

これらの列車にはナハ10系のB寝台車が連結されていましたが、長崎本線で運転されていた夜行の普通列車ながさきはどんな編成だったかというと、鉄道ピクトリアルの国鉄形車両の記録の10系軽量客車寝台列車増発の中に1976年の10月9日のながさきの編成がありますが、

 

その時の編成はというと、長崎方向から順番にed76 16号機、マニ36×2、オユ11 1007、スハネ16、ナハフ10、スハ43、オハ46×2、オハフ45、オハ47、オハフ45でありましたが、この時はed76の前期型が担当しましたが、その当時であれば後期型のed76や1000番台のed76も担当していたのではないでしょうか。

 

 

九州地区で活躍したed76 0番台や1000番台も当たり前のように客車で編成された普通列車も担当していましたが、これも今は昔の世界に入りましたが、そのような時代もありました。